2014年12月26日

イタグレの村もここに窮まり


ちゃお〜♪

今年も残り、数える程。

のんびり更新のカルblogも何とか、年内二回目を上げれる事に、いや!上げざるを、得ない事に( ´艸`)


今回のタイトルなんだけど、ね…

諸々と色々と残念な事が多くて、悲しくもあるし、憤りもある。

それでも、犬を飼うなんてのは、どこまで言っても、人の傲慢でしかないと常々と考えているから、あまり他人の犬との付き合い方に口出しは、しないでおこうと思っている。

実は、この前の記事もそんな読んだ人が考えて貰えるような一つの提言でもある。


おいらは、イタグレを飼いたくて色々と調べてから、カルを探し出し、迎えたのだけど、どんなに図鑑を、開いたとこで分かるのは、平均的なイタグレの情報。

だから、迎えるまでに、いわゆるROM専でここのブログ村の上位の人達のブログを、読ませて貰い、勉強(?違うか(笑))させて貰ってたりした。

それがもうカルを迎える前だから、八年位前になる。

まだ、その頃ってイタグレのカテゴリーの登録数も少なくてどうしても投稿数なども少ないからその方のブログを読みふけってしまう。

その後にカルを迎えて自分もここの村民になり、多くの方、多くのイタさんに、出会い図鑑には載らない当てはまらないイタグレを知っていく訳なんだけど…


最近の上位の人もここの人もおかしくない?

いつからここは、こんなイタグレの歴史や、イタグレの習性などを蔑ろにする方達が増えたのだろうと思う。

Twitterなんかでもこの間、似たような事を呟いてたけど、イタグレも頭数が増え、日本に於ける犬飼い特有のバカが増え、平均化されてるんだろうという事なのかなと、思っている。

自家繁殖もある程度の知識の勉強しているならまだしも、そんな事も知らずに産ませてるし、また里親募集の酷い有り様のブリーディングなど。

見るに堪えないから、あまり詳細までは知らないけど、もう少し考えて貰いたいし、少なくともアナタがイタリアングレーハウンドの素晴らしさを、この先の未来にも伝えていきたいなら、そういう方は賛美する対象にしては、いけないよね。

個人的な悲しみに触れ、その悲しみに寄り添うのは構わないけど、それが上位になる様にするべきか。って事ね。


何故、自分達がこの素晴らしい犬種を現代で出会え、可愛がり、多くの楽しい時間を共有出来ているのかは、多くの祖先のイタグレの犠牲に成り立っている。

その為に、掛け合わせ方は個々のブリーダーさんによる求め方で微細の違いはあれ、基本はある。

その基本を無視すればどうなるか…


先天的疾患、骨折しやすい、小さすぎる、大きすぎる、太りやすい、毛色…


命に貴賤なんかないよ。

それでもさ、その命の価値の大事さを下げる様な事をしてはだめだよ。


一つのイタリアングレーハウンドの飼い主としての小さなコミュニティーの中で、罪を罪として向き合っていく中で、それでも我々はその人とは違ってもそれでも仲間になる。その仲間が間違った中にいるなら、否定をしろとは言わないけど、認めない事という意思表示は大事だよ。

そして何事もそうだけど、認めない事を教えてくれたら、何故、認められないのかをその理由を、真摯に見つめないといけないよね。


犬と真剣に付き合うと、人としての矛盾を突き付けられる。常にその押し問答の中にいる事に多くの人は気付くだろう。これは、犬と真剣に付き合わない限り分からない事だと思う。

そこで思考停止してしまうと、日本で飼われている犬、産まれてくる犬はこれから不幸になる犬が増えていく。

そうならない為にも、少なくともこの難しくて、繊細で、面白おかしいこの犬を、更に一風変わった方が多いイタリアングレーハウンドの飼い主さんだからこそ(笑うとこ)、理性や道理、規律を持って接していきたいですよね。


ここでの理性は、道理に伴う心の抑制、道理とは、犬を飼う上で、命を買った罪や、その命との付き合い方に必要な規律を持って、自分を従わせているかということ。

規律とは…

今、そこで自分と寄り添い共有しているパートナーが命を亡くした瞬間に後悔する事無くありがとうとちゃんと言える為に行動を起こしているかと言うこと。


そう考えると、限られた自分の時間をどれだけそのパートナーに与える事が出来るのかという事にもなる。

それを考えると、おいらはやっぱり増やせないなぁとか考えたりもする。

そういうのが、理性だと思いませんか?



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ま、窮まりなんて書いたけど、それでも各々がこの素晴らしいワンと素晴らしい日常を綴っている限り、窮まりなんて事はないよね。

カルとの付き合いが続く限り、カルの素晴らしさを報告していけたらなと思います。続きを読む
posted by カルパ at 11:24| 神奈川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月27日

追記というか斜めに見ると実は正面

ちゃお〜♪

一年以上も開いたのは初なんじゃない?位の昨日のブログ更新。
書くことが無いというより、書くことにそれほどの意味を見いだせないっていう、プラスチック爆弾の問題ってのかな?

あっ、プライオリティね(笑)


カル起きてー!


ま、軽いジャブはその辺にしといて…。

昨日の避妊と去勢から考えられる世界の見方なんてものを、ひねくれ者がどう見ているかという記事である。



dog actuallyのブロガーさんみたいな記事を書くには、あまりにも勉強不足だったりするけど、目指すとこはアソコ(笑)
ま、冗談はさておいて…

何かの読み物で『犬は自然』である。と読んだ。この自然というのは、悟りを開いた坊さんみたいな自然体(ちょっと違うかな…)という意味でも、山や海、森や気象とも含めた森羅万象の一つの自然という意味でもあるらしい。



では、翻って。
我々、人類は自然か?
と、問われたら、あなたはどう答えるか。
モロにあの声で問われたらどう応えるか?(笑)
おいらは、
「ワタシは!ワタシは自然というには、おこがましい…」(頑張ってアシタカ風)
と、言っちゃうだろうな。



さぁ、それを踏まえて、避妊と去勢は自然か。自然ではない。自然の反対の異常か?そこもまた難しい問題。
では、犬は本当に自然なのか。
これこそが、根本的に違う気がする。
犬は異常ではないが、不自然ではある。
我々、人は、何故、犬と付き合っているのか、また、犬は何故、人と付き合っているかという考え方もできる。

何故、不自然なのか。
それは、人は、異常だから犬を道具として改良し作ってきた。
それは、時として道具ではなく、家畜として食料でもあったのかも知れないとも言われてる。

そういった部分を鑑みて避妊と去勢、未避妊と未去勢の共存の在り方を考える。

我々が、何故、現代でもイタリアングレーハウンドと共に出来ているのか。

そこには、先駆者達の努力がある。
ただ、自然というのは、本来は残酷で、生きていけないなら淘汰されるのである。
ただ、そこに自然ではない人の介入がある。だから、今もこうして紆余曲折がありながらもこうしてこんなに素晴らしい犬種と共に過ごせるのである。
だが、時として、種を滅ぼすという事さえも。
それは、人の無知としての黒歴史でもある。無知が悪いのではない。知ろうとしない。罪として向き合わない。それこそが大罪ではないかと、いつも自分に戒めている。



さて、ここまで来て、もう一度考えてみる。カルも苦渋の決断の末、先延ばしして去勢をした。
理由は、停留睾丸だから。

簡単にいうと、去勢と避妊はおいらの中では反対で、許されない行為の一つでもあるんじゃないかなとさえも考える。

やっぱり?って、思った方は素晴らしい。
ここ、十年もしないところで、去勢と避妊の研究成果が出てきている。

おいらは、ワクチンがダメな子や、アレルギーを持っている子などの増加は実はそういう背景もあるんじゃないかと考えてたりする。

それでも人と犬が共存し、無駄な命を産み出さずにする為の解決策は、シンプルで簡単な事である。ヒート時のわんちゃんは隔離。互いに思いやるなら、やっぱりそれこそが一番の解決策なんじゃないかと思う。



そもそもとして、自然であるなら、純血にはならないと思うんだ。
トマークタスがどうしてチワワになったのか、パグになったのかは、分からないけど。
ただ、今でこそ、グローバルな世の中になり地球は小さくなったかも知れないけど、種としての世界は本来は狭いということ。そこで生きていけるなら最小限の範囲内で栄えていく。
そこに留まる事が危険になり、移動せざるを得なかった時に新天地というものは、拓かれ、また、種は変化し淘汰され、生き延びて在来種になる。

大陸が分かれ、それこそ、マリリンに会いたいよろしくじゃないけど、ドーバー海峡を泳いで渡る犬はきっと居なかった気がするなぁ(笑)

「でも、ワタシは行くわ!新天地アメリカを目指すの♪」
「なんで、そんな危険を冒すんだよ。」
「だって、より魅力的なオ・ト・コ♡がいるかもしれないじゃない」
「なんで、俺達じゃダメなんだよ。仮に俺達じゃなくてもいい。隣町のあいつらだってかっこいいじゃないか。」
「ううん。それでも私を求めてる声が聞こえるの」
「そんな…やめろよっ!」
「だって、聞いたの。風の便りで。向こうはキンタマラッシュなんですって♡」
「キンタマじゃなくて、ゴールドな!って、下ネタかよぉっ!!!」

くだらない寸劇すみませんでした<(_ _)>

まぁ、それこそが実は自然だったりしてね。
いつでも、情熱は果てしなく、無限の彼方へ!

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どこかで、何となく小さなプラスチック爆弾になるといいね。勿論、ポジティブとして♪
posted by カルパ at 12:27| 神奈川 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月26日

避妊と去勢

ちゃお〜♪

お久しぶり。


少しだけ、自分なりの考え方を。


避妊と去勢に限って言えば、するしないは、どちらにしても絶対じゃない。ただ、犬という獣を飼っている時に欲というモノをどう抑えるかというのは、非常に大きな問題。狩猟欲などもそうだしね。




ただ、コレって単純に犬との付き合い方。

目指し方の問題。

ポイントとしてどこに何をもってくるのって。そういうのをメリット、デメリットって分けて取捨選択していく。

全部、捨てる。

全部、諦める。

そんな必要は無いわけ。

ただ。

全部、取り入れたい。

全部、叶えたい。

そうすると、今度は犬にも、自分にも、家族にも、負担と思う事が増えてきたりする。




ま、その辺は、置いておくというか、踏まえた上で、去勢と避妊について。


ここで、先ず一番の問題は犬の性衝動が大事になったりする。

単純に言うなら、オスはメスに唆される。ヒート時のフェロモンを嗅いで欲情する。

これがスイッチとなって、オスは口説くし、口説かれる。

でもね、コレを人に当てはめるとおかしくなる。もっと犬はピュアなのである。

人は快楽の為だけにもセックスをする。

犬は快楽の為にセックスするのではなく、純粋に種の保存という本能に従っているだけなのである。




もちろんさ、人もね、遺伝子の訴えというのはあるとおもう。

それが一目惚れかもしれないし、逆に一目惚れをしないという事がまた理性ではなく、本能なのかもしれないということ。


さぁ、話を戻そう。


問題は、避妊をしてない子がヒート時に表に出て、あらゆる優秀な遺伝子が欲しさにケツを振ったような状態で歩きまわる事と、去勢をしていない理性で抑えられない獣のような(獣だけど(笑))、ヤリチン状態にせしめられた子とどちらが罪なのかという問題。




貴様等、オスが玉を取ってないから、私達、メスがヒートの時も散歩やランにいけないのよ。

と言うのか。。。

それとも。。。

おめーら、メスが避妊手術をしないから、オスがウホウホしちゃうんじゃないかっ!

というのか。。。


アナタ達、オスは、簡単に取れるけど、私達はお腹を開いてリスクが高いのよ。


など、互いの言い分なんて多数ではある。





さて、アナタは、どうやって自分のかわいい愛犬と付き合い、守っていくのか。

この付き合いは、何か、そして何から守るのかというのは、アナタの住んでいるコミュニティー、いわゆる、社会である。


生活して生きていく上で、何かしらの社会に属している。その際にその社会と自分と愛犬とどうつなぎ合わせて、付き合っていくのかというのは、犬は選べない。人のエゴとして、どう責任をもって社会としての一員となるのか。

日本はまだ素晴らしいよ。それさえも自由で選べるんだからね。

それでも!だよね♪




posted by カルパ at 21:54| 神奈川 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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